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知立の山車文楽とからくり

知立の山車文楽とからくり

国指定重要文化財(無形民俗)

平成2年3月29日指定

 

知立神社の祭礼(知立まつり)は毎年5月2日、3日に行なわれ、本祭と間祭が一年交互に開催されます。本祭では五台の山車が宮入りし、山町・中新町・本町・宝町の四町の山車で文楽(人形浄瑠璃)が、西町の山車でからくり人形芝居が上演されます。

知立神社に山車が初めて奉納されたのは承応2年(1653)と伝えられ、江戸時代の中頃には山車の上でからくりや人形浄瑠璃が演じられるようになったことが「中町祭礼帳」に記録されています。からくり人形が山車の上でただ動くだけでなく、浄瑠璃に合わせて物語を演じたり、山車の上で人形浄瑠璃が演じられることは、全国的にも珍しいものです。

上演の技術の伝承はもちろん、人形や衣装の製作・修理にも多く町民の手が加わっており、地域の人々のまつりへの熱い思いが強くこもっています。

平成28年12月1日(日本時間)、「知立の山車文楽とからくり」を含む33件が「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。

知立山車文楽とからくり

西町からくり

知立の山車文楽

文楽は、一体の人形を三人で操る人形浄瑠璃芝居です。人形のかしらと右手を操る主遣い、人形の左手を操る左遣い、人形の足を操る足遣いの3人です。義太夫とよばれる語りと三味線にあわせて、人形を操るもので、息の合った動きが求められます。

文楽は各地域に伝承されましたが、知立に伝わる文楽は山車の引き出し舞台で演じるもので全国的にも珍しいといわれています。

現在、山町、中新町、本町、宝町の4台の山車で、「三番叟」、「傾城阿波の鳴門」、「壷坂観音霊験記」など、様々な演目が上演されています。

山車文楽

知立の山車からくり

江戸時代には、池鯉鮒宿の四つの町の山車の上層でからくり人形芝居が上演されていました。『中町祭礼帳』によると中町でもからくり「百合若高麗軍記」などが早くから演じられていたことが記されているし、本町の『本町勘定帳』にもからくりを操る糸を買ったという記録などからもわかります。しかし現在からくりが受け継がれているのは、「一の谷合戦」を上演している西町だけです。これは浄瑠璃に合わせてからくり人形が芝居を演じるもので、現在に継承されているのは珍しいものです。この「一の谷合戦」のからくり人形は保存箱の墨書により文化・文政期の頃と推測されます。

知立のからくりは専門家が作ったものではなく、町の旦那衆が道楽に考案したことが特徴です。材料も堅木は少なくありあわせの雑木を使用し、衣裳も地元のありあわせの布を工夫しながら使ってきました。

一の谷合戦